九州の温泉めぐり |
かれは、温泉めぐりを趣味にしている。
そこで、なるべく温泉をたずねるようにする。
それも混雑していない温泉とか、一風変わった温泉、秘湯といわれるものをめざす。
豊前をでて、まず耶馬溪(やばけい)の「青の洞門」をたずねた。
ここは、菊池寛の小説・「恩讐のかなたに」の舞台となったところ。
市九郎は、主人をあやめた。
その後逐電したかれは、何人もの人を殺すという非道をくりかえした。
逃亡の途中、寺で懺悔(ざんげ)して前非をくい、名も了海とあらためて僧となって生まれ変わった。
これからは人助けをすることが殺された者たちへの供養となると考え、諸国を托鉢してまわる。
当時、山国川ぞいの岩場をとおる村人が川に転落し、亡くなる事故がつづいた。
かれは、村人の難儀をみてこの難所にノミと金槌だけでトンネルを穿(うが)つことに挑戦する。
大岩にひとりで立ち向かうかれを、村人たちは気がふれた僧とみてあざ笑う。
しかし、何年も岩に挑むうち、大岩が少しずつ穿(うが)たれていった。
それにびっくりした村人たちは、嗤笑(こうしょう)が驚きに、さらに同情に、さいごには尊崇にかわっていった。
村人たちは、かれに協力していっしょに岩を削るようになった。
そこへ、かれを親の敵とねらう実之助という若い武士が、かれをみつけあだ討ちのため尋常の勝負を挑んだ。
が、村人が身を挺してこれを防いだ。
そこで、実之助は洞窟が貫通するまであだ討ちを猶予することにした。
それでも実之助は、石工たちが寝静まったころを見計らい、仇討ちのため了海に迫った。
念仏を唱えながら一心不乱に金槌をふるう了海をみて、実之助の決心はゆらいだ。
しまいには、実之助もいっしょになって岩削りに協力するのである。
岩を削りはじめてから21年後、とうとう洞窟が貫通したとき、実之助のこころから仇討ちの気持ちが消え、ふたりは手を取りあって涙するのである。
R212から県道387をとおって深耶馬溪にはいった。
ここは、江戸後期の儒学者・頼山陽が「耶馬の渓山、天下になし」と絶賛した景勝の地で、春の新緑と露岩、秋の紅葉の景勝地である。
いまは新緑のしたたるころで、みどりのなかに切り立つ露岩が、耶馬溪独特の景色を演出していた。
もみじのころのおおぜいの人出でにぎわいはうそのようで、いまは人のとおりもなく静かであった。
渓谷ぞいは、天をおおうみどりのトンネルで、特にイロハモミジの葉が木洩れびを透してかがやいていた。
豊後玖珠(くす)についた。
ここは、日本一小さな城下町である。
なるほど、山城のふもとに小さな城下町の風情ののこる町並みがあった。
「酢屋」という屋号のつくり酒屋、蔵づくりの地主の家、洋館の郵便局など明治から大正にかけての建物が何棟かのこっていた。
R210からR387に進路をかえ宝泉寺温泉郷に入った。
ここは、別名「温泉銀座」ともいわれるほど温泉がならんでいる。
壁湯、宝泉寺、田野、川底、山川、奴留湯温泉などがつぎつぎに現れる。
そのなかの壁湯に案内した。
この温泉は、川の左岸の岩壁の下の洞窟が温泉となっているもので、野趣あふれる温泉である。
ただ、ぬるいのが特徴である。
それだけに、長湯しなければならない。
しかし、女性専用の屋内の温泉もあるので、女性も安心して入れる。
つぎは、勝手に「日本一の景観」と思っている久住の赤川からながめる久住高原に行った。
ここの景色は、「日本百名山」の著者・深田久弥がその本のなかで
「九重の原を代表するように、北側に飯田高原、南側に九重高原ある。殊に九重高原は私を驚かせた。こんなのびのびと屈託なげに拡がった一枚の大きな原を私はほかに知らない。私が行ったのは冬枯れの2月だったというのに、蕭条(しょうじょう)という感じは少しもなく、満目狐色、というよりラクダ色のあたたかさで、明るく、やわらか、そして豊かに拡がっていた。…」
と記しているように、日本ばなれしたスケールの大きな高原があらわれる。
ここからながめると、ほんとうにここが日本? と思われるひろびととした風景がひろがる。
このような絶景には、北海道をめぐっても出会わなかった。
天気がよければ、雲の上に寝ているようにみえる涅槃(ねはん)像の阿蘇の五岳をながめられるのだが、きょうはあいにくかすんでいてこれは見られなかった。
山なみを通って由布院の道の駅で休憩すると、意外なライダーにめぐりあった。
かれは、一昨年北海道の糠平(ぬかびら)温泉の足湯で会った京都の若者・藤島君。
それが、去年は鹿児島の屋久島行きのフェリーのりばでまた会った。
それに今回と、北と南で三度めである。
かれは、今回は秘密兵器を装備していた。
その秘密兵器というは、カーナビとトランシーバーである。
トランシーバーは、連れとの連絡用につかうという。
さいごは、これぞ秘湯の名に恥じない別府の「ヘビ湯」に行く。
場所は、明礬(みょうばん)温泉のまだ奥の山のなか。
ヘビ湯とは名前こそわるいが、山のなかの沢を石でせきとめて湯船を5つ段々につくっている。
湯船が、ちょうど棚田のようになっている。
熱めの湯と深い湯船があって、野趣に富んだ露天の温泉である。
ライダーハウス 「夢職庵」 オーナーのバイク日本一周記、過去記事:求菩提山