追い止め |
猟法:「一銃一狗」の古式単独猟法
猪犬:求菩提犬(くぼてけん)7期生の八(3歳の♀)
獲物:100㎏のオスイノシシ
3番勝負は、負傷のためやむなくリタイアの虎吉君
初陣で負傷のサン(太陽)号、左足がゲンコツ状態になり、足の甲を地面につくこともあり、神経が切れているおそれがあって心配だ
委託訓練犬の虎吉君は、寝屋でイノシシに反撃され両腿の内側を切られた。その結果、3番勝負は途中でリタイヤを余儀なくされてしまった。
こちらの足元にいた5か月齢のサン(陽)は、「八」が単犬で追い止めしている吠え声をきき、それまで体内にひそんでいた先祖伝来のの猟欲が突然発現したらしく、こちらを追い抜いて吠え声のする方角へ走って去っていった。
「こら、待て! やられるぞ」と声をかけたが、サンにはきこえない。
やがて、キャイーンキャイーンというサンの悲鳴がきこえた。
やられた!
「八」が止めている場所に寄りついてみると、ここは60年前はミカン畑であったことがわかる。
というのは、みかん畑というものは、いずこも同じように山肌をブルドーザーで押して段々の地形に造成しているからである。
そこは、いまでは60年物の大スギが林立する立派な杉山となっている。
「八」は、大スギの根元に向かって一段上の段から下を向いて吠えている。
犬がこのようにポジションを高い位置にとるのは、これまで何回もイノシシの攻撃を受けて負傷するという修羅場をくぐった経験から体を張って学びとった生き延びるための格闘術で、その犬にとってこれは特技であり主人にとってもこの犬は貴重な犬といえる。
イノシシの頭を狙って射止め、寝屋からの距離を確認してみるとここは200メートルの地点である。
付近でサンをさがす。
イノシシの近くまで走っていってノシシに反撃され、あえなく左後ろ足の腿の外側を切られて戦意喪失、うずくまっているのを見つけ、救出した。
イノシシによる受傷というのは、イノシシの牙による洗礼である。
これまでにも数匹の幼犬若犬が、イノシシによるこのような一撃で犠牲になって死んでいった。
今回の2匹の受傷は、訓練中の幼犬若犬の身にはよく起こり得ることで、一度は通過しなければならない通過儀礼のようなものである。
しかしこの通過儀礼は、あまりにも過酷な試練といえる。
なぜかというと最悪の場合、即死あるいは身体障害犬となるからである。
軽症であれば、その後イノシシへの警戒感が備わってかえって都合がいい。
しかし身体障害犬となると、猪犬としては使いものにならず処分されるという過酷な運命が待っている。
この試練を乗り越えることができるかどうかはもって生まれたその犬の資質・運の強さというものであろう。
ところがこの試練というものが、命は助かったとしてもその犬の猪犬としての将来を左右することもある。
すなわちこの負傷が幼犬若犬にとって心的障害つまりトラウマとなり、その後イノシシに立ち向かっていかないようになる場合が少なくないからである。
このようになる犬は、もともとがそこまでの資質の犬である。
ところが稀(まれ)のことではあるが、このトラウマを乗り越え、逆にこれをバネにして飛躍する犬もあるから負傷したことを過度に悲観することもない。
幼犬若犬というものは、とんでもない可能性をうちに秘めているものである。
些細(ささい)なできごとで誘発され、それが契機となり、その後大きく飛躍することもあるからである。