イノシシの単独猟のガイドー2 |
(解禁二日目、2頭目の猟果、メス60㎏のイノシシ)
第1ラウンド
猪犬:求菩提犬初代先犬のLee、その直子で1歳3か月齢の次郎(♂)と二代目U(♀)
獲物:25キロつの♂イノシシ
求菩提犬(くぼてけん)によるイノシシ単独猟のガイドの2日目である。
きょうは、きのうの猟場とはちがう山に入る。
わざわざ遠い青森県から求菩提犬(くぼてけん)の猟芸を見にきた野沢さん夫婦に、イバラが茂って歩きにくい山を歩かせるわけにはいかないからである。
きょうの山は雑木山で、マテバシイという椎の木が多い原生林である。
足元には、マテバシイの実がたくさん落ちている。
特に今年は台風は当地を直撃していないので、イノシシにとって餌(えさ)に不自由するということはなさそうである。
ところが、イノシシはマテバシイの実を拾っていない。
マテバシイの木の下には、足の踏み場もないくらいマテバシイの実が落ちている。
沢の付近を歩くと、イノシシの食(は)み跡があった。
今ごろのイノシシは、動物性たんぱく質のサワガニ、ミミズ、マムシ、ガマなどを食べているようだ。
まさか人間並みに1日30品目を摂(と)ることをめざしている訳ではあるまいが、イノシシもマテバシイばかり食べると栄養が偏るのを知っているのかもしれない。
この山は大きな雑木が林立しているので、下地はすいていて歩きやすい。
30分ほど尾根を歩くと、左の斜面でUが吠え出した。
その吠え声がだんだん移動する。
どうもイノシシは、私たちがいま歩いてきた里のほうへ逃げているようだ。
求菩提犬(くぼてけん)初代先犬のLeeの咆哮(ほうこう)がきこえる。
Leeが、イノシシに追いついて絡(から)んでいる。
こちらが斜面を下ろうとしたとき、「ギーギー」という声が聞こえてきた。
これは、イノシシが犬に咬まれたときにあげるギプアップの声である。
ということは、獲物はちいさなイノシシということになる。
大きなイノシシなら、そんなに早く犬にかまれるということはないし、たとえ犬に咬まれても大イノシシなら容易に悲鳴はあげない。
そこでイノシシは小物ということになるので、急いで寄り付かなくてもいい。
ギブアップしている声の聞こえる現場近くに着いたら、そこは真竹が密集していて、そのうえ枯れて倒れた真竹が多い。
その倒れた真竹を股越したり、枯れた竹の下をくぐったりしながらの寄り付きなので時間がかかる。
そのうち、イノシシの悲鳴がしなくなった。
犬たちの口が、外れたらしい。
しかし、その場からさらに里に近いところでふたたび犬たちの吠え声がする。
追い止めたらしい。
今度は、逃がしはしないだろう。
犬たちの吠え声は、いよいよ里の近くの畑の端付近である。
駆けつけると、湿地に25㎏ほどのイノシシが倒れていた。
Leeが、次郎とUを威嚇して、咬み伏せる。
若犬たちは、仰向けに寝て抵抗しないことを示す。
Leeは、ほんとうに独占欲の強い犬である。
ナイフで刺して、イノシシの血を抜く。
まだ早い時間帯なので、このイノシシを逆さにして柿の木につるして渉猟をつづけることにする。
イノシシを逆さにつるすのは、なるべく体内の血を出すためである。
この山で、イノシシの糞を見ることはなかった。
したがって、この山はイノシシの生息数は少ないと思われる。
それでも、海岸付近で犬たちが吠えた。
ここから、390mの地点である。
犬たちの吠え声が、すぐに移動する。
また獲物が小さいのだろう。
犬たちは、800mも離れていった。
そこまで行くのにいくつも谷がある。
そこで、犬たちを呼び寄せる。
犬たちが戻ってきたが、次郎だけ先ほど獲ったイノシシのところで停滞している。
山を変えるためこちらがその場に着いたときには、次郎がイノシシの左前脚を食べ尽くしていた。
第2ラウンド
猪犬:求菩提犬初代先犬のLee、その直子で1歳3か月齢の次郎(♂)と二代目U(♀)
獲物:65㎏のメスイノシシ
1頭捕獲したので、これでイノシシの単独猟のガイドは終わりのはずだが、ご夫婦はわざわざ遠い青森県から来ているので、きょうも特別サービスとしてもうⅠラウンドやることにする。
車をとめて、3人で道路を歩いてくだり、道路より低い右手の山に入る。
いつもは道路より低い山には入ることはないのだが、この山の下にももう一本道路が通っているので獲物を仕留めてもそこへ引っ張りすことができるからである。
いきなり、Leeが吠え出した。
もう出したのか?
寄りつくと、Leeが上を向いている。
Leeは、椎の木の大木の幹に前足をかけてなおも上を向いて吠えつづける。
テンでも追い上げたのか?
高い枝で、黒いものが動く。
よく見ると、それは黒い猫である。
「行くぞ、行くぞ、猫じゃろうが」と言ってLeeを制する。
それでもLeeは吠えつづけるので、Leeをその場に残して先に進む。
Leeは、あきらめてすぐにこちらの後についてきた。
子尾根から犬たちが、右側の谷に下りて行った。
若犬の次郎とUが、間もなく谷から戻ってきた。
イノシシが入っていないのか?
でも、Leeだけはまだ戻ってこない。
「バリバリ」と枯れた竹が折れる音と同時に、Leeが吠え出した。
「出たぞ!」
野沢さんとふたりで、谷に降りていく。
そこは真竹の密生した谷の底で、Leeの吠えているところは枯れた真竹がまとまって斜めに倒れかかっており、その先はまったく見えない。
イノシシは、ここに寝ていたとみえる。
「ドドー」と音がして、真っ黒いイノシシがその真竹の中から飛び出てきた。
Leeが逃げる。
いつの間にか二匹の若犬も、イノシシの両脇から吠えついている。
犬たちとイノシシの壮絶な戦いのはじまりである。
攻めて、攻められて、そこらじゅうに真竹の折れる音がはじける。
この修羅場(しゅらば)こそ、青森からきた野沢さん夫婦に見てもらいたい求菩提犬の対イノシシ捕獲作戦である。
この戦い方が、求菩提犬(くぼてけん)本来の戦い方である。
こちらは、銃を肩付けしていつでも撃てる体制をとる。
イノシシが犬たちを蹴散らして、下を向いて止まった。
その左顔面を狙って引き金をひく。
イノシシが、前のめりになって沈んだ。
3匹が、いっせいに咬みにいく。
65㎏ほどの雌イノシシである。
左目の下に、弾が当たっている。
即死である。
犬たちを制し、立木につなぐ。
次郎とUの若犬が戦いに加わっていることが確認できた。
若犬は一戦一戦の実戦をこなしてこそ成長していくものなので、玉砕も避けては通れない。
求菩提犬は、このような試練を乗り越えた犬だけが猪犬として生存を許される非情の世界である。
今回のガイドでイノシシを見つけたのは5回で、捕獲したのは4頭である。
したがって、捕獲率は4÷5だから8割となる。
開幕戦にしては、まずまずの滑(すべ)り出しといえよう。
これで今シーズン最初の求菩提犬によるイノシシの単独猟のガイドを終える。
宮城の仙台が、今のところイノシシの北限のようである。
したがってご夫婦の住む青森県にはイノシシは生息してはいない。
山でのイノシシの捕獲、山からの引っ張り出し、運搬、内臓摘出、水漬け、湯引きの毛むしり、解体、骨抜き、ラッピングという各過程を実際に体験してもらい、イノシシ猟とはどんなものであるかを理解していただいと思う。
ご夫婦は、これから宮崎の都井岬の野生馬をみて、伊豆下田に立ち寄ってから帰るとのこと。
青森のご自宅に帰りついたころを見計らって、今回仕留めた猪肉を冷凍便で送る予定である。
野沢さん、奥さま、たいへんお疲れ様でした。