谷落とし、吠え止め |
獲物:60㎏のオスイノシシ
初代先犬・Leeの吠え声が聞こえる。
ここから168メートルの距離である。
供犬のSの吠え声も聞こえる。
吠え声が同じところから聞こえるので、イノシシの寝屋で吠えていることがわかる。
これを「寝屋止め」という御仁もあるが、これはイノシシが寝屋に居ずわって寝屋から逃げ出さないだけのことである。
とりあえず、寝屋まで駆けつける。
寝屋は、谷をはさんだ向かいの子尾根の稜線である。
そこは、ウラジロが生えている。
一旦谷に降りて、そこから子尾根にとりつく。
ザザーとウラジロがゆれる。
イノシシが動いている。
二匹の犬は、イノシシがウラジロを抜けて谷に逃げたと思ったのか、ウラジロの周囲をまわる。
そして、イノシシがウラジロから抜けていないことを知ると、また尾根に駆けのぼる。
初代先犬のLeeが、ウラジロに向かって盛んに吠えてイノシシを挑発する。
こうやると、大概のイノシシは犬に向かって体当たり攻撃に出るものである。
その体当たり攻撃で犬を蹴散らすと、またトコトコと寝屋に戻るイノシシもいる。
犬が本当にイノシシを寝屋で吠えて止めているのなら、犬を蹴散らしてその危険が去った以上、イノシシはその場から逃げ出しそうなものである。
そうはせず、また寝屋にまた戻るということは、イノシシは犬に威嚇さあれて止められていなかったと考えるのが自然である。
イノシシは、寝屋から飛び出てLeeに向かって体当たり攻撃にでた。
Leeとイノシシが、団子(だんご)になってこちらに向かってきた。
犬は、イノシシを撃たせるため必ず主人のいる方向へ逃げてくる。
しかし、先頭の犬を撃ちそうである。
その心配が影響するのか、どうしてもノシシの後ろを撃つのであろう、当たったためしがない。
射撃の腕のいい猟師なら、ここはイノシシを射止める絶好のチャンスである。
ところが、こちらは射撃の腕はすこぶるわるいときている。
またもはずれた。
しかし、これで勝負は終わったわけではない。
求菩提犬の真骨頂(しんこっちょう)は、これからである。
必ず谷かふもへ落として追い止め、こちらに撃たせてくれるからである。
また谷を渡って、つぎの子尾根で犬がイノシシを追い止めている。
そこへ、寄りつく。
イノシシの頭を狙っているとき、イノシシがこちらに気づいた。
引き金を引くタイミングはわずかに遅れた。
当然、失中だ。
しかし、まだまだこれで終わらない。
つぎにまた追い止めるはずである。
案の定、つぎの水の流れる谷で追い止めた。
いわゆる「谷落とし」というものである。
こうなると、こちらの思う壺(つぼ)である。
谷の右岸にたどりついた。
谷の中でLeeが川上から、Sが川下からイノシシを挟(はさ)んでイノシシを止めている。
こんどは、慎重にイノシシの頭を狙って引き金を引く。
イノシシが、その場にうずくまった。
これにて作戦終了。
この追い止め芸が、求菩提犬(くぼてけん)特有の猟法である。
したがって、先犬を振り切るのはイノシシにとって至難のわざとなる。
イノシシが獲れすぎて始末にこまり、毎日犬にたらふく食わせている。
百聞は一見にしかず:秘犬・求菩提犬(くぼてけん)の仕事ぶりを動画で見る