寝屋止め? それともイノシシの勝手でしょう?-2 |
(秘犬・求菩提犬(くぼてけん)の二代目先犬・黒の咬み止め芸。谷に落としてイノシシの左首を咬んでいるのを上から写す)
大物猟のうちイノシシの捕獲場所は、そのほとんどがイノシシの寝屋である。
イノシシが夜行性の動物であることから、ハンターが猟をする昼間はイノシシは寝屋で寝ているのでそれは当然のことである。
まれに昼間でも摂餌(せつじ)行動をしている場合もあるが、10中8・9昼間は寝屋に入って寝ている。
そこでイノシシを捕獲する場合のほとんでであるイノシシの寝屋と、そこからイノシシに逃げられて寝屋以外で捕獲する場合を分けて考えてみる。
まず、寝屋で捕獲する場合である。
ハンターが「うちの犬は寝屋止め犬だ」、と自慢するのをよく聞く。
一方、「あれはイノシシが自分の意思で寝屋から出ないだけだ」という人もいて、どちらも後に引かない。
では、果たして本当に犬が吠えるだけでイノシシを寝屋に釘づけすることができるのであろうか?
「止めている」と言う以上、犬が有形力を行使することが必要である。
ここでいう有形力の行使とは、イノシシに向かって吠え立てて威嚇することや、イノシシを咬んで物理的に逃がさないようにすることが挙げられる。
すなわち、犬が実力行使をすることが前提となる。
では、イノシシに向かって吠え立てて威嚇することでイノシシを寝屋から逃げないようにすることができるのか? である。
まず、見通しのきかない藪の中の寝屋で、犬が吠え立ててもイノシシはだんまりを決め込んで、じっと潜(ひそ)みつづけることが考えられる。
犬に追われたイノシシが藪の中に飛び込み、そこでじっとしていることはよくあることである。
じっとしていれば犬に見つからず、たとえ犬に見つかっても深い藪のため容易に犬が攻めてこれないことをイノシシは知っているからであろう。
となると、これはイノシシの自由な意思で止まっているのであり、外圧すなわち犬に吠えられたためにそこから動けないでいるとはいえない。
これを安易に犬が吠え止めている、と思うのは親バカである。
もともと、走る速さ、力の強さなどの身体能力の面からいって、イノシシの方が犬より優れている。
イノシシの身体能力のうち走るスピードについていえば、イノシシは犬より速く走ることができる。
そのため、犬はイノシシに捕まることがある。
そこでオスイノシシは犬に牙にかけ、メスイノシシであれば犬の足を咬み折る。
つぎにパワーについてもイノシシのほうが犬より優っている。
パワーは、重さ×スピードで表されるが、重さでもイノシシのほうが犬よりはるかに重い。
したがって、パワーの面でもイノシシのほうに軍配が上がる。
特にイノシシが体当たりするときのすさまじさは、地響きさえ感じられる迫力である。
そのときのイノシシの走りのスピードは、犬の走りのスピードを上回り、ときには犬は追ってきたイノシシに捕まってしまうのである。
そのため、シーズン中に全国では優秀な猪犬が何頭も玉砕しているというのもこれまた事実である。
さらに、イノシシの中には、犬が近づいてきても問題にしない剛(ごう)の者もいる。
これは昨シーズンの1月18日のことだが、犬が2匹寝屋吠えするので寄りつくと、イノシシはまだ寝そべったままであった。
その寝屋は海岸に面した絶壁にあり、容易に犬も人間も近づけない場所であった。
こちらは絶壁の上側から近寄ったのだが、イノシシが寝たままで起きあがってこないのでてっきりこれはイノシシが死んでいるのだと思った。
しかし、よく見るとイノシシは目が開いていたので生きていることがわかった。
これは寝屋が絶壁という特異な地理的条件による例外的なことであったろうが、このように巨イノシシになると犬がそばまできて吠え立てても起き上がろうとしないつわものもいる。
これを犬が寝屋止めしているといわれては、イノシシも立つ瀬がなかろう。
犬がしつこく寝屋吠えすると、逆上したイノシシは寝屋から飛び出てきて犬を蹴散らす。
その際のイノシシの猪突攻撃は、破壊的といえよう。
そのため、毎年かなりの数の犬が犠牲になっていることは前にも述べた。
もともとタヌキ、アナグマなどとちがって巣というものを持たないイノシシが、ゆうべたまたま寝た寝屋に固執するとは考えにくい。
それなのに犬を追っ払うと、またトコトコと寝屋に戻るイノシシが多い。
これは、イノシシにとって「犬、恐れるに足りぬ」と思っているからに他ならない。
一歩譲って寝屋での犬の力による吠え止めと考えるなら、犬を蹴散らして危機を脱出した以上これ幸いとそのまま逃げると考えるのが自然である。
それをせず、あえてまた犬の攻撃にあうおそれのある寝屋に戻ることの理由が見つけにくい。
それでもなお犬による寝屋止めと考える御仁のご高説を拝聴したい。
もっとも、この寝屋に戻るのがイノシシにとって命取りになるのだが。
犬を蹴散らしたイノシシがふたたび寝屋に戻るとき、ハンターに撃たれるからである。
したがって、大物のイノシシほど犬を相手にするので獲れやすいといえよう。
ところが45㎏前後の若イノシシになると、寝屋から飛び出て犬に体当たり攻撃して包囲網を突破し、そのままの勢いで逃げる手合いもいる。
犬のすぐ後ろをイノシシが追ってくるので、ハンターは犬を撃つおそれがあって撃つタイミングを逃す。
したがって、このクラスのイノシシは寝屋で獲るのはむつかしい。
そこで、寝屋から逃げたイノシシを追っていって追いつき、そこで吠え立てることができる犬が理想の猪犬として求められる。
つまり、「追い止め」をすることのできる犬が最高の猪犬であるといわれるゆえんである。
たしかに、このような猟芸を持つ犬の話はまれに聞くが、そのような犬はめったにおらず、いても門外不出のことが多い。
したがって、このような犬は一般には入手はむつかしく、それだけに「まぼろしの犬」ともいわれる。
この追い止め犬をつくるのが、単独猟師のロマンである。
しかし、それはまったくの叶わぬ夢とも思えない以上、精進あるのみだ。
つぎに、寝屋でイノシシを咬んで逃げるのを物理的に阻止する場合を考えてみる。
咬んでイノシシを止めるには、それなりの体重のある猪犬であることが必要な条件となるであろう。
イノシシと同等かそれ以上の体重がないと、イノシシにとって逃げるのに負荷がかからないからである。
犬種のなかで最大級の大きさを誇るグレート・デ-ンは、イノシシ狩りのためつくられた犬であることはあまり知られていない。
このグレート・デ-ンの体重は、オスで65㎏~85㎏もある。
したがって、ここらあたりのイノシシのオスの最大級の大きさと同等となり、これなら単犬で咬み止めることも可能であろう。
これが15㎏ほどの中型の犬であると、大きなイノシシを単犬で咬んで止めるということはむつかしくなる。
イノシシは、咬んでいる犬を引きずってでも走るからである。
そのため、咬み止め犬は中型犬でも大きい方ほうの25㎏前後が使われているようである。
単犬ではなく複数の犬をかける場合、犬の体重の合計がイノシシの体重と同等かそれ以上あることが最低限必要であると説くハンターもいる。
なるほど物理的な咬み止めでは、力と力の勝負なのでそうもいえるだろう。
犬に咬まれただけでギプアップするようなひ弱なイノシシは、山には1匹もいないと断言できる。
これに対し、「うちの犬は自分の体重の3倍あるイノシシでも単犬で咬んで止める」と豪語する向きもいる。
25㎏の犬が、75㎏のイノシシを単犬で咬み止めするというのである。
それが事実なら見上げた猟能を有する犬だが、それは囲みの中での訓練場の話らしい。
ぜひ実猟でのその様子を、ビデオか動画を公開してもらいたい。
価格の割には性能のよいコンパクトデジカメが出回っているので、いまどきはデジカメの一台くらいはをどこの家庭でも転がっている。
それをデジカメを持たないというのは、下手な言い訳であろう。
犬の体重の3倍といえば、15㎏の犬が45㎏のイノシシを咬み止める例といっしょである。
まあ、この程度のイノシシなら咬むこともある。
しかし多くの場合、イノシシは犬に咬まれてもそのまま犬を引きずって下へ下へと逃げていく。
求菩提犬(くぼてけん)は、小さなイノシシは別としていきなり咬みにいくことはない。
いきなりイノシシに咬みにいくのは、「闘犬」のやり口であろう。
相手の動きが止まったり、犬に後ろを向けたり、相手がメスイノシシ、あるいはくみやすしと判断した場合にかぎり咬みにいくのである。
これまでのイノシシとの闘いを通じて、犬たちはイノシシの怖さ・実力を知っているからである。
それでも、ケガをしたり玉砕したりすることは避けて通れない。
そのため、常に後継犬を育てておく必要がある。
では、犬を2頭使った場合はどうだろう?
イノシシの耳や首を2頭の犬が両側から咬んで引っ張った場合、イノシシは走りにくい。
それを「ロック」と呼ぶ者もいるが、ロックというからにはイノシシが動けない状態をいっているよで違和感を感じる。
子猪ならいざしらず、イノシシは咬んでいる犬を引きずってでも逃げようとするからである。
犬に包囲されて攻撃を受けているイノシシは、人間の姿を見つけると人間に突進することがよくある。
パニックに陥ったイノシシは、咬んでいる犬を引きずってでも人間に向かってくる。
そのため常にイノシシより高い位置にポジションをとっているのだが、そうでないときには立ち木を盾(たて)にしてこれをかわすようにしている。
しかし、イノシシの動きは思ったよりスピードがあり、いつ体当たりされてもおかしくない。
昨シーズンの1月28日、犬がからんでいたので近づいて犬が離れる瞬間をうかがっていたら、イノシシが犬を振り切ってこちらに突進し、ズボンの左足の内側に牙をかけてズボンの縫い目を破った。
メスイノシシで大事に至らなかったからよかったものの、これがオスイノシシであれば牙で傷を負うところであった。
その他にも、ウラジロのトンネルから飛び出てきたイノシシに腿(もも)をかすられることはいつものことである。
犬が2匹で両側から咬んでイノシシの動きを封じているとき、イノシシの後側から近づいてイノシシのたてがみを握ってイノシシの右足の脇から狩猟刀で刺すようにしているのだが、これが実際には思うようにいかない。
イノシシは暴れるので的がしぼれず、そのうえイノシシの首を咬んでいる犬の口があって刃物で犬を傷つけるおそれがあるからである。
しかし、その前にこちらのへっぴり腰の方が問題であろう。
これも昨シーズンの1月4日のことだが、犬が谷で咬んで止めているので刺すため谷に降りていき、イノシシに近づいた際、石につまづいて尻餅をついた。
そこへ、イノシシが咬んでいる犬を引きずったままこちらへ襲ってきた。
イノシシの顔とこちらの顔が同じ高さで、左手で顔を防御(ぼうぎょ)した際、その左手の薬指の先を咬まれてしまった。
「こらー」と叫びながら起き上がって手を引っ張ってイノシシの口をはずしたが、翌日、診察を受けた結果薬指の爪の付け根を骨折していた。
それ以来、これが心的障害となって刺すことにおじけづいてしまい、もっぱらイノシシの頭に銃口をつけての直付(じかづ)け撃ちをするようになっている。
しかし、銃口を獲物の体に引っ付けすぎると爆風の逃げ場がなくなり、筒先がラッパのように破裂するので要注意である。
このように犬に両耳を咬まれただけでギブアップするほど、野生のイノシシはやわな動物ではない。
なるほど、犬にかまれて「ギーギー」と泣き声を出すイノシシもいる。
しかし、その状態のまま下へ下へ移動しながら犬が口をはなす機会をうかがい、あるいは咬んでいる犬の口を振り切って逃げる。
とくに、耳や首を咬まれイノシシは、その場で体を回転させて犬を振りほどく術(すべ)が本能的に遺伝子のなかに刷(す)り込まれているようだ。
イノシシが犬に左首を咬まれた場合、前に進むか時計回りの方向にイノシシが回れば犬を引きずることになり、犬の牙は抜けにくい。
百聞は一見にしかず:秘犬・求菩提犬(くぼてけん)の仕事ぶりを動画で見る